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東京地方裁判所 昭和58年(ワ)1312号 判決

原告 国鉄労働組合

被告 日本国有鉄道

主文

1  原告が、被告に対して、別紙目録記載の各事項について、団体交渉を求める地位にあることを確認する。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、別紙目録記載の各事項について、原告と団体交渉を行う義務があることを確認する。

2  被告は原告に対し、金五〇〇万円及びこれに対する昭和五八年一〇月二八日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決及び第2項について仮執行の宣言を求める。

二  請求の趣旨に対する答弁

(本案前の答弁)

1 本件訴えを却下する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

(本案についての答弁)

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告は、主として被告に雇用されている職員をもつて構成する労働組合であり、被告は日本国有鉄道法によつて設立され、鉄道事業等を営む公法上の法人である。

2  被告(以下「国鉄」ともいう。)は、「鉄道乗車証管理規程」(昭和三九年四月一日総裁達第一五五号。以下「管理規程」という。)及び「鉄道乗車証基本基準規程」(昭和三九年四月三〇日総文達第八号。以下「基準規程」という。)に基づき、その職員その他に対して、鉄道乗車証(以下「乗車証」という。)を発行、交付してきた。乗車証制度は、戦前の鉄道省時代から行われてきたものであつた。

3  第二次臨時行政調査会は、昭和五七年七月三〇日に行つたその基本答申において、国鉄における乗車証制度等を是正すべき旨を提言した。被告は、これに応じて、直ちに右制度の見直しに入る動きをみせた。

4  これに対し、原告は、乗車証制度は職員にとつてはその労働条件の一部となつているとしてその存続を求めることとし、被告に対して、乗車証制度問題について同年八月二六日に書面で団体交渉を申し入れたのを始めとして、同年九月一七日及び同年一〇月二六日に書面で団体交渉を申し入れたほか、乗車証制度についての被告の態度が明らかとなつた同年九月一七日以降たびたび口頭で団体交渉を開催するように申し入れた。しかし、被告は、これに対して、乗車証制度の改廃は管理運営事項であり、公共企業体等労働関係法(以下「公労法」という。)八条に定める団体交渉事項ではないとして、右申入れに応じないばかりか、同年一一月一三日には総裁達第五七八号「鉄道乗車証の発行停止について」と題する通達を発して乗車証制度の改廃措置をとるに至つた。そこで、原告は、昭和五八年一月一八日に書面で別紙目録記載の事項について団体交渉を申し入れたが、被告はこれを拒否している。

5  しかし、乗車証に関する事項は次に述べるとおり職員の労働条件に関するもので団体交渉の対象となるものであり、被告の団体交渉の拒否には正当の理由がない。

(一) 乗車証制度及びその運用の実際

基準規程によれば、被告が発行交付する乗車証は、部外者に対する乗車証と部内用乗車証とに分かれており、部内用乗車証のうち代表的で重要なものに職務定期乗車証、精勤乗車証及び永年勤続乗車証がある。

このうち、まず、職務定期乗車証は、心身の故障による休職職員(公務上の負傷又は疾病によるものを除く。)及び無給職員を除く職員に対して、職務遂行上特に必要な範囲内において交付するものとされている(基準規程二八条一項)。この交付の運用の実際は、「職務遂行上特に必要な範囲内」については、一定の職群と在職年数に応じてあらかじめ定められた客観的基準によつて、鉄道管理局線区内においてのみ有効のものから国鉄全線において有効のものに至るまでのものに区分され、毎年一一月の書換え期に翌年一一月末日までを有効期間として職員に対して機械的に発行されていたもので、職員はこの乗車証を職務のためのほか日常の私的な用途のために使用することが認められていたものである。

次に、精勤乗車証は、停職、休職中の者を除き、平素勤務に精励であると認められた場合に月一回の割合で交付の資格を付与され、乗車区間も国鉄全線とすることができるものとされている(同規程三一条)。その運用は、一定年数在職していれば「平素勤務に精励」しているものとして、この在職年数によつてのみ一律に発行日数・乗車区間が決められ、職員からの請求があれば必ずこの乗車証が発行・交付されていたものであり、その使用目的は職員の自由であつた。

更に、永年勤続者乗車証は、一定の在職年数を経て退職した職員に対して交付することができるとされているもので、交付の時期は退職の翌年からとされている(同規程六四条)。これも運用上、退職時の身分と在職年数を基準として必ず交付され、年金制度とともに退職者の功をねぎらい退職後の生活を保障するものであつた。

(二) 乗車証制度の労働条件性

以上のように乗車証制度は、国鉄職員の身分、職群、号俸、在職年数という客観的基準によつて、一律に必ず交付されていたもので、これを裏返していえば、職員はその基準に該当すればその交付を請求する権利を有していたのである。そして、こうして交付を受けた乗車証は職員が通勤や職務遂行の際に用いるほかに、ひろく勤務以外の目的で使用することが認められていたものであり(永年勤続者乗車証や精勤乗車証は職務との関連性を全く有しないものである。)、これらは賃金制度と表裏一体となつているもので、労働の対価であり報酬の一部たる性格を有することは明らかである。

そして、被告自身もまた職員の募集や採用に当たつては乗車証の交付を福利、厚生の事項とは別に給与、勤務内容と並ぶ待遇の一つ、すなわち労働条件として明示してきた。これは、労働者の募集にあたつて職業安定法三五条、四二条、一八条が使用者である被告に求めている労働条件を明示すべき義務に従つたものであり、また労働契約の締結にあたつて労働基準法一五条が被告に義務づけている賃金、労働条件その他の労働条件の明示の内容にほかならない。したがつて、この明示された労働条件である乗車証制度は、被告と職員との間の個別的労働契約の内容となつていたものである。

(三) 乗車証制度改廃の団体交渉事項性

公労法八条一号は、「賃金その他の給与に関する事項」を団体交渉の対象事項としているところ、被告の職員に交付される前記各乗車証は、職員が被告に提供している労働の対価として付与され、職員及び退職者がその生活の便益のために使用しているものであり、その性格は現物による報酬とみることができるものであるから、同条同号の「賃金その他の給与」に該当し、団体交渉の対象事項であるものといわなければならない。そして、乗車証については、これまでその改善の要求が団体交渉の席上で論議の対象となつたり、あるいはその制度の一部改定に際しては団体交渉に先行する労使間の事前折衝において合意解決がされており、また永年勤続者乗車証と密接に関連する効績章表彰の基準については、被告の団体交渉の拒否を理由に本件と同様に訴訟で争われ原告の請求が認容された後に原告と被告との間で労働協約が締結されていることからして、団体交渉の対象事項であることは明白である。

6  被告の不法行為責任

労働組合の有する団体交渉権は憲法の保障する重要な基本権の一つであつて、労働組合が労働組合として社会的に存在するうえで必要不可欠の権利であるところ、乗車証制度の改廃は原告所属の組合員にとつて重要な労働条件の変更であり、これが団体交渉の対象事項であるのは明白であるのにもかかわらず、被告は原告の団体交渉の申入れを無視したうえで前記のような通達を発してこれを一方的に実施するに至つたものであつて、その態度は今日に至るまで変わつていないのである。このような被告の態度は正当の理由がない団体交渉の拒否であり、労使関係の公序に反するとともに憲法の保障する団体交渉権を侵害する違法な行為であるといわなければならないし、また被告には右違法な団体交渉の拒否について故意か又は少なくとも過失があつたものということができるのである。

そして、原告のように公労法によつて争議権をはく奪されている労働組合においては、労使対等の立場で行う団体交渉こそが労働条件の維持改善をはかるための唯一の方法なのであるから、その有する価値ないし意義が極めて大きく、その否認は原告の労働組合としての社会的存在意義ないし本質的機能を否定するものなのである。それにもかかわらず団体交渉を拒否されたことにより、原告は組合員の信頼を失うとともに労働組合としての社会的評価も著しくき損されることとなつて甚大な損害を被ることとなり、本件においてその違法な団体交渉の拒否により原告が被つた損害は、団体交渉権のもつ重要性や乗車証制度の労働条件性等の事情を考慮して金銭的に評価すると金五〇〇万円を下らない。

7  よつて、原告は被告に対して、被告が別紙目録記載の事項について団体交渉を行う義務があることの確認を求めるとともに、被告のこれまでの団体交渉の拒否について不法行為による損害賠償の請求として金五〇〇万円とこれに対するこの請求の追加の趣旨を記載した準備書面の送達の日の翌日である昭和五八年一〇月二八日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  被告の本案前の主張

原告の本件請求は、次に述べる理由により、不適法として却下されるべきものである。

1  団体交渉義務確認請求について

憲法二八条は勤労者の団体交渉権を保障しているが、同条は労働組合が使用者に対して団体交渉に応ずるべきことを求める具体的な請求権を付与したものではないことは明らかである。また、公労法三条一項が被告の職員に関する労働関係についてその定めるところによるとしている労働組合法七条二号も、使用者に対し国に対する関係での公法上の義務を設定したものにすぎないのであつて、労働組合あるいは労働者の代表者が使用者に対し団体交渉に応ずることを求めるような私権としての団体交渉権やこれに対する使用者の団体交渉義務というものを設定したものではない。すなわち、使用者が正当な理由なく団体交渉を拒否した場合には、公共企業体等労働委員会の救済命令によつてその救済を図るものとし、司法審査はこの救済命令に不服があるときに初めてこれに対する取消しの訴えとしてこれを行わせるものとしているのであり、これは、団体交渉に関する労使紛争の解決については、第一次的には、裁判所よりも早期かつ弾力的な対応に優れる行政機関によらせるのが適切だとされたためである。仮に労働者の団体行動が使用者に向けられたものであり労使間を直接に法律関係として規律することが最も有効適切な方法であるとしても、それは正に政策論にすぎないのであり、また、労働組合法七条がその規定に違反する法律行為を無効とするような公序の設定としての裁判規範性を有するからといつて、これがどの程度まで裁判規範性を有するものであるのかは別個の問題であり、使用者と労働組合との間に団体交渉をめぐる権利義務関係までをも設定したことになるとまで解することはできない。

このように使用者の団体交渉に応ずべき義務が公法上の義務にすぎない以上、仮に裁判所が労働組合と使用者との間において右義務の有無を判断したとしても、右判断は、右当事者間の権利義務関係に何らの影響を及ぼすものではないから、右当事者間の紛争を解決する効力をもたない。

以上によると、原告の請求の趣旨第1項は、およそその基礎となるべき法的根拠を欠き訴訟事項ということができないから、訴訟としての客観的資格を欠き、又は訴えの利益を欠くものである。

2  損害賠償請求について

この請求は、本訴の審理途中で追加されたものであるが、これは、原告が、団体交渉義務確認請求の訴えが却下された場合には本件乗車証制度の改正が団体交渉の対象事項であるかどうかについての裁判所の判断が得られなくなることを恐れて、損害賠償の請求に名を借りて裁判所に対して判決の理由中においてその判断を求め、実質的に主たる目的である乗車証制度の改正の団体交渉事項性の判断を求めようとするものであるといわざるを得ない。したがつて、本請求は訴権の濫用に当たり不適法である。

三  本案前の主張1に対する反論

使用者の団体交渉義務が労働委員会の行う行政手続に照応する公法上の義務としての性格を有することは被告の主張するとおりであるとしても、労働者の団体行動は形式的にも実質的にもあくまで使用者に対して向けられたものであり、このような団体行動の実体を考えれば、労使間を直接に法律関係として規律することがもつとも有効適切な方法であり、使用者に労働者や労働組合の権利を尊重すべき義務を直接に課するのでなければ権利保障の実効性を欠くおそれがあるのであるから、使用者の団体交渉義務は単に公法上の義務にとどまるものではなく、私法上の義務であることが否定されるものではない。被告の主張のごとく団体交渉の義務を、労使というかんじんの当事者間では何ら法的意義を有しないものとして扱い、団体交渉権の侵害に対する司法救済を一切否定するというのでは、およそ団体交渉権を保障した憲法の要請にそうものとはいい得ないのである。そして、憲法二八条の要請に基づいて制定された労働組合法は、使用者に対し不当労働行為を禁止しているところ、これに違反する法律行為は当然無効であるとして同法七条が私法上の裁判規範としての性格を持つことは、今日では異論がないところである。また、同法六条は団体交渉の権限の委任に関する規定であるが、これは労働組合から使用者に対し団体交渉に応ずることを要求する実体上の権利であることを前提として、その権限の委任を認めた規定と解するのが素直な法律解釈である。このように使用者の団体交渉義務は単に公法上のそれにとどまるものではなく、私法上の義務としての性質を有することは明らかであり、そもそも不当労働行為の救済について労働委員会の排他的権限を定めた明文の規定をまつたくもたないわが国の法制の下において、団体交渉義務の裁判規範性を否定すべき実質的かつ合理的理由は何ら存在しないのである。

そして、原告は被告に対して執行力や義務内容の不明確な給付判決を求めているのではなく、団体交渉権あるいは団体交渉義務が私法上の権利義務であることを前提として、乗車証制度の改廃問題が団体交渉の対象事項であるかどうかの確認を求めているにすぎないのであつて、これが団体交渉事項に該当するかどうかが確認されれば、原告と被告との間の現在の紛争が解決し、将来の同種の紛争の予防ともなるのであるから、確認の利益に欠けるところもない。

四  請求原因に対する認否及び反論

1  請求原因1ないし3は認める。

2  同4は認める。

なお、乗車証制度は後述するように被告の管理運営事項であつて団体交渉の対象事項ではないのであるが、これが職員の長年なじんできた制度であることを考慮して、被告は、昭和五七年九月一七日から同年一一月四日までに一三回にわたり原告と十分な話合いを行つている。そして、被告側では資料とともに改正案の骨子を示して説明をしたうえ、双方の意見を交換し、原告側から出された要望や意見についても取り入れられるものはできるだけ取り入れる姿勢で対応し、その結果例えば職員の両親に対する家族割引の基準などについては原告側の意見を改正案に取り入れているのであり、この話合いはその出席者やその内容からして実質的には団体交渉と変わりないものとみ得るものであつた。

3  同5冒頭の主張は争う。(一)のうち、職務定期乗車証、精勤乗車証及び永年勤続者乗車証についての基準規程の内容がおおむねそのとおりであることは認めるが、その余は争う。(二)及び(三)は争う。

過去において被告が発行していた乗車証には各種のものがあるが、その内容はいずれも一定の事由により公共性の強い国鉄の運賃を免除するというものであるから、これらの乗車証の発行は公共財である企業体の経営を委ねられている被告がその事業運営上の必要等に応じて適切な判断の下に行う裁量に委ねられているものである。そして、こうして発行された乗車証を交付されたことによつて職員が受ける利益は、ひとえに被告の業務運営についての裁量による事実上の利益にすぎないのであつて、労務の提供と対価関係にあるものではないから、労働力の交換条件あるいは労務の履行条件に属するものではないことはいうまでもなく広義の労働条件にも関しないものなのである。そして、このことは、従前職員募集等に際して配布された文書中に乗車証が発行される旨の事実が記載されているからといつて何ら変わるものではなく、このこと故に乗車証制度が労働条件に当たるものと速断することはできないのである。したがつて、乗車証を発行するか、あるいはその内容をどうするかなどはすべて被告の責任において判断決定すべき事柄であつて、職員その他これを交付されている者と協議をしたり、その同意を得たりして決定すべきものではないから、これについての改正が職員の労働条件の変更に当たるものではなく、正に乗車証制度に関する事項は被告の管理運営事項なのである。以上の点からすれば、本件乗車証制度の改正が団体交渉の対象事項でないことは明らかであるといわなければならない。

なお、乗車証の発行基準については、原告の主張するところのほかに、職務定期乗車証では〈1〉停職中及び労働組合専従の者、〈2〉懲戒事由に該当する行為をし制裁を受けている者、〈3〉乗車証等で不正行為をし又は乗車証の亡失、汚損等をした場合で制裁を受けている者に対しては交付されないし、精勤乗車証でも右〈2〉及び〈3〉に該当する場合は同様としている。また、永年勤続者乗車証では退職手当を支給されない場合、退職後刑事事件に関し起訴された場合、右〈2〉及び〈3〉に該当する場合には交付されないものとしている。

4  同6は争う。

前記のとおり本件乗車証制度の改正にかかる事項は団体交渉の対象事項ではないのであり、それにもかかわらず被告は、一三回にもわたる話合いを行い原告の意見や要望のうち応じられるものはこれを受け入れて乗車証制度の改正案を作成したのであり、原告自身も右事項について被告と交渉した旨組合員らに教宣しているのであるから、被告の態度が不当であるとされるいわれはない。また、今回の乗車証制度の改正は、被告の置かれている厳しい情勢のなかで乗車証制度本来の姿にこれを戻そうとしたもので、もとよりこれが違法、不当とされるものではないから、団体交渉を拒否したことに当たらないのであり、ましてやその結果原告に損害を与えたものではない。

第三証拠〈省略〉

理由

第一本案前の主張についての判断

一  団体交渉義務確認請求について

被告は、労働組合が使用者に対して団体交渉義務の確認を求める私法上の請求権を有するものではないから、この請求は、法的根拠も訴えの利益もない不適法のものであると主張する。

憲法二八条は、「勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。」として、労働者の団体交渉権をいわゆる労働基本権の一つとして保障している。憲法二八条の保障する労働基本権は、国と労働者との間において国がこれを不当に侵害してはならないという意味での労働者の自由権であるにとどまらず、使用者に対する関係においてもこれが尊重されるべきことが労使間の公序であるとしてこれを保障するとともに、いわゆる社会権として国に対し労働基本権を保障するために立法その他の措置を講ずべき責務を負わせたものと解するのが相当である。労働組合法は、このような憲法の規定を受けて制定されたものであるが、その中で団体交渉に関する規定をみると、同法は、七条二号において、使用者がその雇用する労働者の代表者と団体交渉をすることを正当な理由がなくて拒むことを不当労働行為として禁止し、二七条において、この不当労働行為に対しては、労働委員会が使用者に対して団体交渉に応ずるべき旨を命ずる救済命令を発し、二八条及び三二条において、この救済命令を覆行しない使用者に対しては刑罰又は過料の制裁を科することとして、労働組合の団体交渉権を保障することとしている。このように、労働組合法は、団体交渉権が侵害された場合には、労働委員会の救済命令手続により、その侵害を回復する制度を採用していることは、その規定の文言自体から明らかである。しかし、このような救済命令制度があるからといつて、直ちに、労働組合の団体交渉権が労働委員会に対する救済命令の申立権であるにとどまり、使用者は労働委員会の救済命令に従うべき義務(使用者の国に対する公法上の義務)を負うにすぎず、団体交渉に関しては、労働組合と使用者との間に私法上の法律関係は全く存在しないものと解するにはなお一層の検討が必要であろう。

なるほど、同法には労働組合が使用者に対して団体交渉権という私法上の権利を有していることを定めた明文の規定は存在しない。しかし、このことのみから、労働組合は右のような権利を有しないということはできない。一般に私法上の権利については法律上明文の根拠を有しないものも少なくないのであつて、その有無を検討するに当たつては、事柄の性質及び関連する規定の趣旨などを十分に検討しなければならないのである。

そこで、まず、労使間の団体交渉の性質について検討すると、団体交渉は、労働組合法一条一項からも明らかなように労働組合を組織する最も重要な目的の一つであり、しかも、団体交渉は、当然のことながら、労働組合と使用者との間で行われる交渉であるから、団体交渉に関する権利義務関係が仮に存在するとすると、それはその当事者である労働組合と使用者との間に存在すべきものである。そうであるとすると、団体交渉における双方の当事者である労働組合と使用者との間に団体交渉に関して労働委員会の救済命令が発せられる以前には何らの私法上の法律関係が存在しないと解することは制度のあり方としては異例のことであつて、この見解を採用するにはそれを支持する合理的な根拠が必要であるところ、私法上の法律関係が存在する旨の明文の規定がないというだけではその根拠として不十分であるといわなければならない。次に、不当労働行為の禁止を規定した労働組合法七条の規定は憲法に由来し、労働者の団結権、団体行動権を保障するための規定であるから、右法条の趣旨からいつて、これに違反する法律行為は当然に無効と解すべきことは、裁判例において異論をみないところである(最高裁昭和四三年四月九日第三小法廷判決、民集二二巻四号八四五頁参照)。また、労働組合法六条には団体交渉の権限の委任に関する規定があり、同法二七条並びに同法の規定に基づき制定された労働委員会規則三五条及び四〇条は、団体交渉権の侵害に対して、労働組合の労働委員会への救済申立権を定め、労働委員会における審問の手続は当事者主義的構造をとることを定めていることも指摘しなければならない。

以上のような団体交渉の性質、同法七条の規定に違反する法律行為の効力、同法の他の関連規定や労働委員会規則の内容、更に同法と憲法二八条との密接な関係を考慮すると、労働組合法七条の規定は、単に労働委員会における不当労働行為救済命令を発するための要件を定めたものであるにとどまらず、労働組合と使用者との間でも私法上の効力を有するものと解すべきであつて、労働組合が使用者に対して団体交渉を求める法律上の地位を有し、使用者はこれに応ずべき地位にあるものと解し、これを前提として、その侵害に対して労働委員会に対する救済申立権が発生するものと解するのが相当である。このように解することについては、職員団体と当局との間で団体協約を締結する権利が否定されている国家公務員や地方公務員の場合においてさえ、職員団体から適法な団体交渉の申入れがあつた場合には、当局は、その申入れに応ずべき地位に立つものとされている(国家公務員法一〇八条の五、地方公務員法五五条)ことが考慮されてしかるべきであろう。

以上は、労働組合法の適用を受ける一般の労働組合と使用者との関係について述べたものであるが、このことは、本件のように公労法の適用を受ける労働組合と使用者との間においても変りはない。すなわち、公労法三条は、公共企業体等の職員に関する労働関係については同法の定めるところにより、同法に定めのないものについては労働組合法の定めるところによるとし、若干の読み替え規定をおいているところ、団体交渉に関する公労法の規定をみると、八条において、団体交渉の対象となる事項を定め、九条及び一〇条において、団体交渉は労使双方の交渉委員により行う旨を定めるとともに交渉委員に関する規定をおいており、二五条の五において不当労働行為に対する救済は、公共企業体等労働委員会が行うことを定めているのみであつて、団体交渉に関する労使間の法律関係の性質は、労働組合法の適用を受ける労使間のそれと何ら異なるところがないものと解することができるのである。

被告は、団体交渉拒否に対しては、労働委員会の救済命令によつて救済を図り、司法審査は労働委員会の命令に対する取消しの訴えによつてのみ行われるとして、労働委員会の第一次的な管轄権を主張する。しかし、労働組合法七条の規定の性格を前記のように解する以上、使用者が一定の具体的な事項について団体交渉を拒否することが許されるかどうかは、正に具体的な法律上の紛争である。このような法律上の紛争につき、裁判所が第一次的な管轄権を有しないとするためには、その旨の法令の明文の規定の存在その他明確な根拠が存在しなければならないものと解されるところ、その旨の法令の規定は存在しないし、そのことを説明することができる明確な根拠も見当たらない。よつて、この点についての被告の主張は採用することができない。

もつとも、以上のように解することができるからといつて、労働組合が使用者に対して一定の事項について団体交渉に応ずべきことを裁判上請求することができるような具体的団体交渉請求権を肯定することができるかどうかは、別の問題であつて、このような請求権を肯定するためには、右具体的団体交渉権に対応すべき使用者の債務の具体的内容の特定やその請求権の強制的実現の可否等の困難な問題を検討しなければならないのであつて、にわかに断定することの困難な問題といわなければならない。ただ、本件において争われているのは、別紙目録記載の事項が原被告間の団体交渉の対象となるか否かということ、すなわち、原告が被告に対して右事項につき団体交渉を求める地位を有するか否かということの確認であるから、右のような困難な問題にあえて立ち入る必要はなく、それが法律上の争訟であつて訴えの利益が肯定される限り、右のような地位の確認訴訟が不適法とされるべき理由はない。

そこで、これを本件についてみると、本件は原告と被告との間で別紙目録記載の事項が団体交渉の対象事項であるかどうかが唯一の争点であり、これは公労法八条の法律解釈の問題であつて、法律上の争訟であることには疑問の余地がなく、かつ、この点についての原告、被告双方の見解が対立し紛争となつており、この点が確認されれば、この紛争を解決することができることは明らかであるから、確認の利益も認められる。よつて、原告の請求の趣旨第1項の訴えは適法である。

二  損害賠償請求について

被告は、右請求は、団体交渉義務確認請求の訴えが不適法として却下される場合に備えて、損害賠償請求に名を借りて、実質的に団体交渉義務の存否の判断を求めようとするものであるから、訴権の濫用であると主張する。

右請求が追加的に提起されたことは本件記録上明らかであるが、このことのみから、原告の訴訟提起の目的が被告の主張するごときものにすぎないと断定することはできず、他にこの点を認めるに足りる証拠もないから、原告の右請求が訴権の濫用であるということはできず、被告の主張は採用することができない。

第二本案についての判断

一  請求原因1ないし4の事実は、当事者間に争いがない。

二  乗車証制度と団体交渉について

1  乗車証制度の概要

成立に争いのない甲第二号証の一、三、同号証の四の一ないし三、同号証の五の一、二、同号証の六、七、一〇、第三号証、第五号証、乙第一号証の一、二、原本の存在と成立に争いのない甲第二号証の八、同号証の九の一ないし三、証人荒井敏雄の証言により原本の存在と成立が認められる甲第二号証の二、同証人及び証人阿久津光志の各証言によれば、次の事実を認めることができ、これに反する証拠はない。

(一) 鉄道事業に従事する職員等に対し無料で乗車することを認めるいわゆる鉄道乗車証制度は、被告が公法人として設立される以前の国有事業の時代から存在していたものであるが、昭和五七年当時は、昭和三九年四月に制定された管理規程及び基準規程に基づいて、その種類と内容が定められていた。これによると、鉄道乗車証は、部内用乗車証、部外用乗車証及び特殊乗車証の三種とし、部内用乗車証は定期乗車証と臨時乗車証とに区分されるが(管理規程三条)、そのうち本件に関係するものとしては、被告の職員(役員及び準職員を含む。以下同じ。)に対する乗車証については、職務定期乗車証(基準規程二八条)、精勤乗車証(臨時乗車証の一種である。同規程三一条)があり、また、退職職員に対する乗車証については永年勤続者乗車証(臨時乗車証の一種である。同規程六四条)がある。

(二) これを具体的にみると、まず、職務定期乗車証は、基準規程によると、心身の故障による休職職員(公務上の負傷又は疾病によるものを除く。)及び無給職員を除くほかの被告の職員について、職務遂行上特に必要な範囲内において、翌年一一月末日までを有効期間として毎年一一月の書換え期に発行するものとされ、これによる乗車区間は、大別して、職員の身分、職群並びに俸給表及び基本給表による号俸によつて、最も広いものは国鉄全線とするものから、最も狭いものは勤務箇所所在地最寄り駅を所管する鉄道管理局内の局線とするものに至るまでの三種に区分されている(同規程二八条)。そして、これを亡失したり不正使用した者には一定期間交付が停止される(同規程一四四条、一五四条、一五五条)。このように、職務定期乗車証は、規程上は、「職務遂行上特に必要な範囲内において」交付するものとされているが、実際には、右のような欠格条件がない限り職員に必ず交付されており、その乗車区間も職務遂行の具体的な必要性、関連性を問うことなく、身分、職群及び号俸により画一的に決定されていたものであつた。また、この使用方法についてみると、職員が旅費事務基準規程に定める旅費の支給を受ける旅行をする必要があるなど公務によるときは公務乗車証を(基準規程二七条)、通勤のためには通勤乗車証を(同規程三〇条)、それぞれ交付することができることとされており、これらによる場合には職務定期乗車証を用いる必要もないのであるし、職務定期乗車証自体についてこれを職務と関連のない私用の際に用いることも、それが不正行為にわたらない限りはこれを禁じる趣旨の規定がなく、職員によつて広く日常の用務のためにも使用されていた。

次に、精勤乗車証は、基準規程によると、平素勤務に精励であると認めた職員に対し、欠勤、停職又は労働組合専従休職若しくは起訴休職に該当するときを除き(そのほかに亡失、不正行為のときなど職務定期乗車証と同様の規定がある。)、月一回の割合で、在職六か月以上三年未満の者は一〇日以内、同三年以上一〇年未満の者は一五日以内、同一〇年以上の者は二〇日以内の交付資格が付与されるもので、乗車区間は国鉄全線とすることができるとされている(同規程三一条、一四四条、一五四条、一五五条)。もつとも、右規程上にいう欠勤とは、心身の故障による休職期間(公務上の負傷又は疾病によるものを除く。)又は無給職員の期間がこれに該当するが、遅参、早退等の一部欠勤や出務表上結婚、組休、組半休として整理された日は除外されており、以上のような事由に該当しない限り右のように一定期間在職していれば、平素勤務に精励であると認めて交付資格が付与されていた。

また、永年勤続者乗車証は、基準規程によれば、一定の身分と在職年数を有して退職する職員に対して退職の翌年から一定の期間、年間一定の回数の範囲内で交付されるもので、乗車区間は国鉄全線とすることができるものとされており、退職手当を支給されない場合や退職後刑事事件に関し起訴された場合及び亡失又は不正使用等の場合に発行停止の措置がとられることとされている(同規程六四条、一四七条、一四九条、一五五条、一六二条)。

(三) 被告は、職員の募集に当たり、本社あるいは各管理局が作成する入社案内や職員募集要領等において、給与、勤務地、被服の貸与等とともに職員の待遇を表した項目の中において乗車証が交付されることを明示し、また、採用後の新入職員に配布される冊子の中でも、「みなさんの待遇」として給与制度とともに乗車証制度の説明をしていた。そして、原告が昭和五八年に原告の組合員を対象として実施した意識調査の結果によると、国鉄に入社した動機として乗車証が魅力だつたからとの選択肢が、国鉄はつぶれることがないと思つたからという選択肢に次いで二番目の理由としてあげられており、職員は乗車証制度に大きな関心を寄せていた。

2  公労法八条の解釈について

公労法八条は、同条一号ないし四号に掲げる事項は団体交渉の対象事項であるとし、これに関して労働協約を締結することができる旨定めている。そこで、同条にいう団体交渉の対象事項の範囲について考える。まず、同条一号ないし三号に掲げる事項は、労働力の交換条件又は労働の履行の条件についてのいわゆる狭義の労働条件に該当するものであるか、あるいは狭義の労働条件には当たらないとしても少なくとも公共企業体等の職員の待遇に関する事項に当たるものであるということができる。また、同条四号が「前各号に掲げるもののほか、労働条件に関する事項」と規定しているのは、右一号ないし三号の規定と対比して考えると、一号ないし三号に掲げられた事項以外の事項であつても当該事項が労働条件やその他の職員の待遇に関する事項である以上すべて団体交渉の対象とするものであるとしたものと解することができる。したがつて、同条は、いわゆる狭義の労働条件のみならず、職員の待遇に関するいわゆる広義の労働条件を団体交渉の対象事項としているものと解するのが相当である。

ところで、同条ただし書は、公共企業体等の管理及び運営に関する事項(以下「管理運営事項」ともいう。)は団体交渉の対象とすることができない旨定めているのであるが、これは、公共企業体等の管理運営は、法令の定めるところに従つて行われ、公共企業体等の責任において決定されるべきものであり、労使対等の立場において決定される団体交渉の対象とすべきものではないとの趣旨に出たものと解される。そして、同条が、本文で団体交渉の対象事項として一号ないし四号の事項を規定し、ただし書で管理運営事項を団体交渉の対象とすることができないとしている規定の構造からすれば、同条一号ないし四号の事項であつても、それが管理運営事項であれば、団体交渉の対象とすることができない旨を規定しているように解釈することができないでもない。しかし、公共企業体等の管理運営は職員の労働条件その他の待遇に影響を与えることが少なくなく、このような場合にまでそれが管理運営事項であるとして団体交渉の対象でないとすることは、団体交渉の範囲を極めて限られたものとするものであつて、団体交渉権を認めた憲法の趣旨を損うこととなるといわなければならない。このように考えると、同条は、管理運営事項そのものは団体交渉の対象とすることはできないけれども、当該事項が管理運営事項であつてもそれが職員の労働条件その他の職員の待遇に関連するものであるときには、職員の労働条件その他の待遇に関連する範囲内においては団体交渉を行うことができることとしたものと解するのが相当である。

3  乗車証制度の団体交渉事項性について

以上の見地から本件乗車証制度の改廃が団体交渉の対象事項となるものであるかどうかを検討する。

まず、乗車証の交付資格及び職務との関連性についてみると、右各乗車証の交付には基準規程上一定の欠格事由が規定されており、また、職務定期乗車証では「職務遂行上特に必要な範囲内」、精勤乗車証では「平素勤務に精励であると認めた職員」との要件が付されているけれども、実際の運用では、右欠格事由がない限りあらかじめ定められた身分、職群、号俸あるいは在職年数等の基準に該当すれば、「職務遂行上特に必要な範囲内」かどうか、「平素勤務に精励である」かどうかについて個別的に審査をすることなく交付されていたのであり、公務による出張や通勤のためには他の乗車証が交付されるのであるから、職務定期乗車証及び精勤乗車証の職務との関連性は薄いものといわざるを得ないし、永年勤続者乗車証に至つては、職務との関連性は全く存在しない。また、こうして交付された乗車証の乗車区間の範囲をみると、職務定期乗車証では、身分、職群及び在職年数により区分されてはいるものの、これも右基準によつて乗車区間は一律に定められていて職務遂行との具体的関連性は少ないものといわざるを得ないし、精勤乗車証及び永年勤続者乗車証においては、一律に国鉄全線とすることができるものとされていたのであり、その上、これらの乗車証の使用方法については格別の制限もなかつたのである。そして、乗車証制度は被告が公法人として設立される以前の国有事業の時代から存続しており、被告職員(永年勤続者乗車証にあつては退職した職員。以下同じ。)は、これらの乗車証の交付を受けることにより、無償で被告の車両等に乗車することができるという相当の経済的利益を得ていたものであることは明らかである。そうすると、これらの乗車証は、一定の身分、号俸及び在職年数等の資格要件を満たした被告の職員に対する待遇の一つとして交付されていたものであると解するのが相当であり、また、このことは、職業安定法一八条、四二条や労働基準法一五条で要請されている労働条件の明示義務そのものの内容として示されていたものであるかどうかはともかくとしても、少なくとも被告が職員の募集や採用に際して乗車証制度を職員の待遇の一つとして表示していたことからも裏付けられるものということができよう。したがつて、本件乗車証制度の改廃に関する事項は、公労法八条四号にいう「労働条件に関する事項」に該当し、団体交渉の対象となるべき事項であるものといわなければならない。

これに対して、被告は、乗車証制度は、国民から管理を委ねられた公共財たる鉄道サービスの運賃を免除するというものであるところ、無償乗車を認めることは被告の経営の障害となり、かつ、国民一般の負担においてこれを行うこととなるものであるから、国民一般の意向と離れて労使間で協議決定すべき事項ではなく、被告が業務の必要に応じて適切にこれを決定すべきもので正に管理運営事項であるから、団体交渉の対象事項とはならないとし、これまでもその改定に際して団体交渉を行つたことはない旨主張する。

そこで、まず、これまでの乗車証制度の改定に際しての被告と原告との間の交渉の経緯について検討する。成立に争いのない甲第一〇ないし第一三号証、原本の存在と成立に争いのない甲第六ないし第八号証、第一四号証、乙第一三ないし第一八号証、証人荒井敏雄、同松本正之(後記信用しない部分を除く。)、同上野文雄及び同山崎俊一の各証言によれば、次の事実が認められる。

被告と原告との交渉には、その対象とされる事項の性質に応じて、団体交渉(これについては原告から「国労闘申」という形での申入れがあり、事前に予備折衝が行われる。)、管理運営事項である国鉄の近代化、機械化及び合理化等に関してこれに伴う労働条件に関する事項についてその団体交渉を円滑に行うために行われる事前協議並びに団体交渉の対象事項以外の事項について労使の理解を求めて行われる話合いの三種がある。団体交渉については公労法一一条の規定に基づき「団体交渉に関する協約」が、事前協議については「近代化、機械化及び合理化に伴う事前協議に関する協定」が、原告と被告との間で、それぞれ締結され、これによつて各場合の手続が定められている。もつとも、具体的な特定の事項についてそれが右の三種のいずれの手続によつて行われるべきものであるかについて、労使間でその見解に食い違いが生ずることがあり、この場合にも双方の主張が食い違つたまま実際上の交渉が行われ、合意ができて協約が締結されることがある。また、団体交渉の対象事項について、予備折衝の段階で合意に達することもあり、この場合にはその予備折衝が団体交渉としての性格をもつたものとして位置付けられて協約が締結されるし、団体交渉の対象事項以外の事項について、話合いが行われるうちに合意に達して覚書、メモ等の形式で文書化されることもある。乗車証制度の改定についてのこれまでの交渉の経緯をみると、主なものとして、昭和三二年の家族パス廃止問題、昭和三七年の鉄道九〇周年記念行事に関する乗車証の問題、昭和三九年の鉄道記念日に関する(念)精勤乗車証問題(これについては原告から「国労闘申」の形で申入れがあつた。)及び同年度末退職者や鉄建公団への転出者に対する乗車証の取扱い問題、昭和四四年の等級制度の廃止に伴う乗車証によるグリーン車への乗車問題、昭和五五年の職員子弟通学割引証の廃止問題などがある。このうち、昭和三七年の件では被告は団体交渉事項ではないとの態度をとつており、昭和三九年の件では原告からの団体交渉の申入れにより団体交渉が行われて引き続き交渉をすることになり、またその他の件では団体交渉に至らない予備折衝あるいは非公式な話合いの段階で合意ができたという経過があり、被告においても昭和五七年以前はある事項が団体交渉事項であるかそうでないかについて厳密に振り分けをするということをせずに交渉や話合いを行つてきていた。また、昭和四四年には効績章表彰の基準に関する事項について被告と原告との間で本件と同様にこれが団体交渉事項であるかどうかについて争いが生じ、訴訟が提起されたことがあるが、第一審判決において、効績章表彰では特典として国鉄全線にわたる臨時乗車証の交付がされることを理由にこれが職員の待遇の一つとして行われるものであるとして団体交渉の対象事項であるとの判断がされ、控訴審で係争中に訴訟外の和解が成立して「効績章表彰に関する覚書」が作成されて、以後右覚書が協定あるいはこれに準じたものとして取り扱われている。証人松本正之の証言のうち、以上の認定に反し、乗車証制度の改正についてはこれまで全く団体交渉を行つたことはないとする部分は、信用できず、他に右認定に反する証拠はない。

以上の事実によれば、乗車証制度の改定に関するこれまでの経過をみる限り、それが団体交渉の対象事項であるか否かについて一律に決せられていたものではなく、各場合により団体交渉が行われたり行われなかつたりしてその区別が明確ではなかつたものというべきであり、特に昭和三九年度末退職者に対する取扱いの件や効績章表彰の件についての交渉の経緯にかんがみると、乗車証の改定に関する事項が常に団体交渉の対象事項ではないとして取り扱われてきたものとすることはできない。

また、乗車証制度が公共財たる鉄道サービスの運賃を免除するという性格を有するものであるから管理運営事項であるとの主張については、なるほど乗車証制度がそのような性格を有することは明らかであるが、そのことを理由に直ちに乗車証制度の改定が団体交渉の対象とならないとすることはできず、これが被告の職員の待遇に関する事項である以上、待遇に関する範囲内においては団体交渉の対象事項であるものといわなければならないことは前記のとおりであるから、被告の主張は失当である。

三  団体交渉義務確認請求について

以上のとおり、乗車証制度の改定はそれが職員の待遇に関する範囲内において団体交渉の対象事項であるということになる。そして、別紙目録記載の事項は、いずれも被告の職員の待遇に関する事項であることは、前記各事実から明らかであるから、原告と被告との間における団体交渉の対象事項であるといわなければならない。したがつて、前記第一の一で述べたところによれば、原告は被告に対して別紙目録記載の事項について団体交渉を求める地位を有するのである。ところが、被告は、右の事項が団体交渉事項であることを争い、原告の申し入れた団体交渉に応ずることを拒否しているのであるから、原告は右の地位を有することの確認を求める利益がある。よつて、右確認を求める原告の請求は理由がある(なお、原告の請求は、右の事項についての被告の団体交渉義務の確認であるけれども、この請求は原告が右の事項について被告に団体交渉を求める地位にあることの確認請求と同趣旨であると認められる。)。

四  原告の損害賠償請求について

本件乗車証制度の改廃に関する事項が団体交渉の対象事項であること及び被告が右事項は団体交渉の対象事項ではないとして原告の団体交渉の申入れを拒否していることは前記のとおりである。そして、団体交渉権がいわゆる労働基本権として憲法及び労働組合法により保障されている趣旨にかんがみ、団体交渉の不当な拒否は労働組合に対する不法行為を構成するものと解すべきである。

そして、成立に争いのない乙第二ないし第四号証、原本の存在と成立に争いのない乙第九号証、第一一号証、証人阿久津光志の証言により原本の存在と成立が認められる乙第八号証並びに同証人、証人荒井敏雄、同松本正之及び同山崎俊一の各証言によれば、本件乗車証制度の改廃についての経過は、次のとおりであつたことが認められる。

乗車証制度については、国民から管理を委託された鉄道サービスの負担を免除するという性格のものであることから、かねてからこれに対する批判があつたところ、最近の国鉄の経営の悪化、膨大な赤字等に対して、行政管理庁が昭和五六年一二月にした国鉄監督行政監察結果に基づく勧告、臨時行政調査会が昭和五七年七月三〇日にした第三次答申における国鉄に関する改革方策及び同年九月二四日に閣議決定された国鉄再建を図るために当面緊急に講ずべき対策において、いずれも、国鉄再建対策の一つとして、職員に対する乗車証の廃止、発行の限定を中心とする乗車証制度の見直しをすべき旨が提言されるなど、乗車証制度の早急な是正が求められる状況となつた。そこで、被告は早急に乗車証制度の改正を実施することとし、職務定期乗車証の書換え期である同年一一月実施をめどとして、同年九月から改正案の作成を行い、成案を得て同年一〇月二三日夕刊と二五日部内広報紙「つばめ」でその内容を発表し、同年一一月一三日付けで乗車証制度を改正する旨の総裁通達等を発し、同年一二月一日からこれを実施した。この間、被告は、原告からの団体交渉の申入れに対し、乗車証制度の改正が団体交渉の対象事項ではないとしてこれに応じなかつた。しかし、被告は、乗車証制度が長年職員のなじんできた制度であり、その改正が職員に大きな影響を与えることを考慮して、団体交渉を行う場合の交渉メンバーとほぼ同様の者が出席した上で、原告の担当者と同年九月一七日から同年一一月四日までの間一三回にわたる話合いを行い、改正案の骨子を説明して意見交換を行い、その中で原告からの要望のうち応じられるものについてはこれに応じて修正をした。

以上の事実によれば、被告は乗車証制度の改正は団体交渉事項ではないとの見解の下に、団体交渉こそ拒否していたものの、原告と多数回にわたる話合いを行い、原告の要望をも一部取り入れた改正案を作成したものであつて、かたくなに話合いを拒否したものではない。もつとも、このような話合いが行われたといつても、使用者が交渉に応ずることを義務づけられ、労使が対等の立場で行う団体交渉と、そうではない単なる話合いとでは、本質的に異なるのであつて、話合いが行われたからといつて、これをもつて直ちに団体交渉が行われたのと同視することができないことは、いうまでもない。ただ、団体交渉拒否の違法性を論ずるについては、このような話合いが行われた事実をも考慮に入れなければならないし、乗車証制度の改正が団体交渉事項ではないとする被告の見解もまつたく成り立ち得ないものではないことも考えなければならず、このような点を考えると、本件における被告の団体交渉拒否の違法性の程度はそれほど強いものということはできない。これに加えて、原告が団体交渉拒否によつて受けたと主張する損害は有形的なものではなく、組合員の信頼の喪失や原告の社会的評価のき損という無形のものであることからすれば、本件訴訟において乗車証制度の改廃問題が団体交渉の対象事項であることが確認されることにより、原告が主張する損害も相当程度回復され得るものとみることができる。以上のような団体交渉拒否の違法性の程度、これによる原告の主張する損害の種類、内容、その回復の可能性等諸般の事情を斟酌すれば、原告には判決において被告に損害賠償を命じなければならないほどの損害は存しないものと解するのが相当であり、原告の損害賠償の請求は失当である。

第三むすび

以上述べたとおり、原告の請求は、被告に対して別紙目録記載の事項について団体交渉を求める地位を有することの確認を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 今井功 藤山雅行 星野隆宏)

(別紙)

目録

一 職員及びその家族並びに退職者に対する鉄道乗車証、割引証(券)の発行に関する労働協約の締結について。

二 昭和五七年一一月一三日総裁達第五七八号「鉄道乗車証の発行停止について」及び関連諸通達の改廃について。

三 鉄道乗車証基本基準規程に定める精勤乗車証、永年勤続者乗車証の存続について。

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